ADHDの行動療法

ADHDの行動療法について
以前は、注意欠如・多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: ADHD)は、子供の問題であり、大人になれば症状は軽快し治療の必要もなくなると考えられていました。しかし、子供から成人にかけての長期間の調査や大規模な疫学調査から、ADHDは幼少期から成人期まで持続する発達障害であること、ADHDの症状は、発達と共に変化するため、大人のADHDの症状は、幼少期とは異なるなることなどが明らかになってきました。さらに大人においても学業、家事、職業における機能が損なわれることがあり、薬物療法や行動療法などの治療によって機能が改善し、社会適応能力が向上することも明らかになってきました。ここでは大人のADHDの特徴、自己治療法(行動療法)について簡単に解説します。
成人のADHDの特徴
小児期のADHDでは、順番を待てない、言ってはいけないことを言う、暴力行為、授業中に離席する、動き回る、お喋り、他の生徒にちょっかいを出す等の衝動性、多動性が目立ち、同時に、忘れ物が多い、課題が出せないなどの不注意症状が認められます。成人になると、衝動性、多動性の部分は目立たなくなり、元来あった不注意症状が顕著となり、学業、家事、職業上の機能に影響を及ぼすようになります。成人で多くみられる不注意症状としては、事務作業で不注意による見逃しをして会社に重大な損失を与える、提出期限のある書類を放置して忘れてしまう。財布、携帯電話、時計、宝石など大切な物をしばしばなくす、重要な約束を忘れる等があります。
成人では、衝動性、多動性は目立たない場合が多いのですが、黙っていられず喋り過ぎてしまう。会議中も、他人の話を遮って話始める、他人に失礼なことを言う、怒りっぽい、急に思いついて行動する。じっとしていることが苦手、等の衝動性、多動性症状が残っていることもあります。

成人のADHDの診断
診断で大切なことは、ADHDは小児期から症状が認められることです。診断には、両親からの、発達、発育に関する情報、小学校の通信簿の教師のコメント等の小児期の客観的情報が必要です。また、WHOが開発した簡単なスクリーニング検査を行う方法もありますが、専門医のいる病院では、診断尺度を用いた診断や治療効果の判定のための症状評価尺度などを用いて評価します。そして、職場、学校、家庭、友人関係など複数の場面で、ADHDの症状が認められることも診断上重要です。
成人のADHDの自己治療
日常生活に大きな問題があり、早期の改善が必要な成人ADHDでは薬物療法が必要です。しかし、軽度のADHDまたは薬物療法には抵抗がある場合には、行動療法を行います。ここでは、不注意、ミスを減らす方法、物忘れ防止の方法、先延ばししないためのテクニック、衝動性に対する対処法について、自分で出来る行動療法的治療について簡単に解説します。
不注意、ミスを減らす方法
成人では、不注意症状は仕事や学業に悪影響を与え、本人の自尊心を傷つけます。まず不注意症状に対する対処法、行動療法について解説します。
環境を整えよう
労働環境、勉強の環境を整えることは、不注意症状を有するADHDの人にとってとても重要です。
耳から入る刺激をコントロール
しましょう
耳栓をする、テレビやラジオを消す、静かな歌詞のない音楽を低音量で流す、他人の会話が聞こえない場所で作業する
目から入る刺激をコントロール
しましょう
職場(勉強部屋)の見えるところに気が散る掲示物を置かない。窓の外が見えない部屋が好ましい、視力を適切に保つ(合わない眼鏡、細かい字が見えにくい状況を放置しない)、パソコンの画面は大きい物を使う。
ミスがあった場合それに書き込むための“間違い減らし日記”をつけましょう。まず、ミスの種類と、そのミスをなくすための方法について書きましょう。
間違い減らし日記の例
日付 | ミスの種類 | ミスを減らす方法 |
---|---|---|
6月1日 | 見積書の記入漏れ | 見落としやすい項目をリストアップし、次回から見積もりに漏れないようにする |
6月2日 | データの入力ミス | 疲労するとミスが増える、集中できる時間を決めて、こまめに休憩を取る |
6月3日 | 宛名の漢字の間違い | 以前にも同じ間違いをしている、間違いやすい漢字をリストして次回は注意する |
ミスがなければ小さな贅沢をする(おいしいお菓子あるいは高いランチを食べる)、あるいはミスがないこと自体が報酬となり集中力を高めるモチベーションになります。また、1つの書類を作成する課題について考えてみましょう。自分がその書類を集中して、ミスなく作業できる時間を測定しましょう、実際に時間を測ってみると、思ったより時間がかかっていることが分かります、そして普段、その時間より短期間に雑に終わらせていることが分かります。ADHDの人は、嫌いな仕事を急いで終わらせようとする傾向があります。書類を作成する前に時計を見て、十分に時間をかけて書類を作成すれば、ミスを減らすことが出来ます、一定時間集中したら、休憩をとりましょう。ミスをして作業をやり直すより、細かく休憩する方が効率的です。
物忘れ防止の方法
物忘れ、置忘れ防止のためには、物の置き場所を一定にしましょう。使った物を、その場に置いてしまう方が、一定の場所に置くより楽なものです、ADHDの人はその場が楽な方を選ぶ傾向があるため、決められた場所に置くのが苦手です。
声に出しながら物をしまおう
物をしまう時に、「置きっぱなしが楽ちんだ、しかし、後が面倒だ!」と実際に声にだしながら物をしまいましょう。おまじないのようにこの言葉を言いながらしまいましょう。または、自分の好きなおまじないの言葉を考えてもいいでしょう。物を探す時間を調べましょう:物を探していた時間をカレンダーに書き込みましょう。探すために使う無駄な時間を確認することで、物を整理してしまうモチベーションが高くなります。
物忘れ防止ツールを使おう
最近では、物忘れを防ぐための様々なITツールが利用できます。しばしばなくす貴重な物には電子タグをつけスマホと連携させ、なくなる前に警告する事も出来ます。自分に合ったITツールを探しましょう。
先延ばししないための
テクニック
ADHDの人は、苦手な作業を先延ばしにしてしまう傾向があります。そして、期限ぎりぎりになってようやく取り組み、ミスをしたり、期限に遅れたりします。
まず、今日のする事リストを作ります。
する事リストの例
する事 | 大変さ (1簡単、2普通、3大変) |
かかる時間 | 優先度 |
---|---|---|---|
会議の資料作成 | 2 | 1時間 | 高い |
請求書の作成 | 1 | 30分 | 低い |
新年度の予算作成 | 3 | 5日間 | 低い |
営業から依頼された資料作成 | 2 | 2時間 | 高い |
初めに、どの仕事にどれくらいの時間がかかる測定する事が大切です、ADHDの人は、1つの作業にかかる時間を実際より短く見積もる傾向があります。時間のかかる、優先度の高い作業をまず仕上げましょう、時間がかかる作業では、あらかじめ休憩するまでの時間を決めましょう。優先度が低く、時間のかかる作業は、1日の作業時間を決めて、少しずつ前に勧めましょう。ぎりぎりになって慌てて時間切れにならない様にするためには、毎日少しずつ作業することが大事です。
衝動性に対する対処法
成人ADHDの衝動性コントロールの障害は、思いついた事をすぐに言ってしまう。相手の話を最後まで聞かず、自分が話し出してしまう等の形で現れます。言ってはいけない事を言ってしまうため、相手を怒らせたり、傷つけたりします。後になって反省するのですが、同じことを繰り返してしまいます。
衝動性コントロール障害の例
- 当人には秘密になっている話を言ってしまう
- 相手の欠点をつい口に出してしまう
- 人の話を最後まで聞くことが出来ず、途中で遮って、自分の話をしてしまう
- 順番を待つのを極端に嫌がる
- 運転している場合、信号をしばしば無視する、一時停止で止まることが出来ない、渋滞を極端に嫌がる
- 十分に考えないですぐに結論を出す
衝動性コントロール障害の対処法
ADHDの人は、自分の行動の不適切さについて後になって後悔します。つまり発言や行動の不適切さを判断出来るのですが、不適切な行動が現れる時点では、衝動性に駆られ冷静な判断が出来なくなってしまいます。治療法としては、“立ち止まって考える”訓練をします。
実際に不適切な行動をしたら、それを
記録する
不適切発言日記の例
日付 | 不適切発言 |
---|---|
6月1日 | 飲み会で同僚の女性に「A君が君の事を足が太いと言っていたよ」と言ってしまった。 |
6月7日 | 会議で、相手の話を最後まで聞かすに遮ってしまい、自分の意見を強く主張してしまった。 |
不適切発言のメリット、デメリットについて書いてみる
メリット:心に浮かんだことを相手に言ってすっきりした、相手にちょっと意地悪をして楽しい。人の話を最後まで聞くのは苦痛なので、相手を遮ることですっきりした。
デメリット:相手を傷つけてしまう。その後の人間関係が悪くなった。悪意のある人間だと思われてしまう。
このように衝動的な行動については、そのメリットについても考える事が重要です、自分の行動を変えるにはメリットのある行動をどうやって止めるか工夫する必要があります。そして“これからは気を付けよう!”という決意はあまり効果がありません。また、衝動的な自分を責めても解決にはなりません。衝動を止めるにはテクニックが必要です。
声に出して言ってみる
「言う前に考えて!」、「落ち着いて!」、「思いついたら1分待って」、「人の話は最後まで聞く事」等自分に合う言葉を決めて、繰り返し口に出して言いましょう。
言いたい衝動に気付いたら
1分間言うのを我慢してその間に、それを言うデメリットを考えましょう、次にそれ以外の話題を必死で考えます。「仕事はどう?(相手の趣味に関する事について)〇〇してる?仕事は大変ですか?」等、あるいは、ただ笑顔で黙っている。言いたい衝動はじっと我慢していれば自然に収まっていきます。