精神医学ニュース1

アルツハイマー型認知症の薬物療法が進化しました

アルツハイマー型認知症は大脳皮質の神経細胞が広範囲に死滅するため認知機能が低下し、最終的には日常生活が送れなくなってしまう認知症の代表的な病気です。アルツハイマー型認知症の脳では、老人斑、神経原線維変化、神経細胞死という特徴的な病理所見が認められます。老人班は、脳の神経細胞の外にアミロイドβとよばれる物質がゴミのようにたまったものです。神経原線維変化とは、タウ蛋白という本来細胞内にある物資が変化(リン酸化)して神経細胞内に過剰に蓄積したものです。その結果神経細胞は死滅します。アミロイドβは、本来神経細胞の表面に存在している物資が切り離されて神経細胞の外に出たものです、アミロイドβもタウ蛋白も本来神経細胞にとって重要な物質が変化して塊になって毒となっています。
アミロイドカスケード仮説
アミロイドカスケード仮説とは、まずアミロイドβが脳内に蓄積して、老人班を形成、次にこのアミロイドβが刺激となり、神経細胞内のタウがリン酸化され神経原線維変化を起こし、それが神経細胞内に過剰に蓄積され神経細胞が死滅し、脱落し、最終的に脳が委縮する。という仮説です。この仮説が正しければ、アミロイドβが脳内にたまらずに排泄されればアルツハイマー型認知症の発症を防ぐことが出来る筈です。
これまでの治療
アセチルコリン神経細胞の死滅は、アルツハイマー型認知症の記憶障害に最も深く関係しています。アリセプト(ドネペジル)、ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン(イクセロンパッチ)等の薬物(コリンエステラーゼ阻害薬)は、アセチルコリンの分解を阻害して、アセチルコリンを節約することによって認知症の症状をわずかに遅らせるものです。しかし神経細胞の死滅自体を阻止することは出来ないため、認知症は進んでいきます。また、アルツハイマー型認知症では、グルタミン酸の遊離が増加していると考えられていますが、メマンチン(メマリー)は、グルタミン酸の受容体を適度に阻害することによって記憶障害の進行を遅らせ、また、過剰なグルタミン酸による神経細胞障害を遅らせると考えられています。いずれの治療も、神経細胞死に引き続いて起こる記憶障害をほんの少し遅らせる対処療法に過ぎません。下の図に、コリンエステラーゼ阻害薬によって神経終末のアセチルコリンが増える様子を示しました。


アルツハイマー型認知症の新しい治療法
2023年から可溶性アミロイドβに対するモノクローナル抗体であるレカネマブ(レケンビ)が使えるようになりました。レカネマブがこれまでの薬と違うのは、アルツハイマー型認知症の原因となる有毒なアミロイドβを取り除く作用を有していることです。そして、その後の連鎖反応で生じる神経細胞死(アミロイドカスケード)を阻止する可能性があることです。しかし、認知症が明らかになった時点で使用しても効果が得られない事(認知機能が改善することはない)、 ARIA(アミロイド関連画像異常)と呼ばれる脳浮腫、滲出液貯留、微小出血等の副作用があること(MRI画像上の初見であり、画像所見異常を認めても症状はないことが多い)、薬価が極めて高い、治療を受けられる施設が限られている等、人々が期待出来るほど理想の薬とは言えません。現時点では、認知症の長い経過の中で、自分らしく生きる時間が増える、という意味はあるでしょう。下の図に、レカネマブがアミロイドβを取り除く様子を示しました。


アミロイド前駆体蛋白が、切り離されてアミロイドβが作られる(c)、アミロイドβは凝集し、不溶性になり老人班を形成する(d)、レカネマブは可溶性アミロイドβに結合し、脳外に排泄される(e)。


月経前不快気分障害(PMDD

 

月経前になるとひどくイライラして、怒りっぽくなる、対人関係で過敏になる、過食、過眠になる、時にひどく落ち込んだりするが、月経がはじまると嘘のように気分が落ち着く、こうした症状を繰り返す人がいることは、古くから知られていました。しかし、米国の精神医学会によって診断基準がつくられたのは比較的最近(2013年)の事です。

 

月経前不快気分障害(PMMD)の原因

 

原因は明らかになっていませんが、黄体期後期におこるエストロゲン、プロゲステロンの減少が関係していると考えられています(下図)。家族にうつ病の人がいる場合、PMMDになりやすいこと、セロトニンの神経伝達を増強する薬物(SSRI)がうつ病にもPMMDにも有効なことから、うつ病とPMMDに共通の脳内脆弱性(病気のなり易さ)があると推測されています。




米国精神医学会の診断基準

 

ほとんどの月経周期で、月経開始1週間前に以下の5つ以上の症状が出現し、症状は月経開始後数日以内に軽減、月経終了後にはほぼ消失する。

 

1 感情が著しく不安定
2
激しいイライラや怒りの感情
3
ひどい落ち込み、絶望感、自責感の高まり
4
異様な不安、緊張、興奮、いらだち感仕事・

5 学業・交友・趣味など日常活動への意欲低下
6
集中力低下
7
倦怠感、疲れやすさ、気力の欠如
8
過食、甘いものが異常に欲しくなるなど食欲の変化
9
過眠または不眠

 

また、これらの症状によって明らかな苦痛が認められ、対人関係、学校生活、仕事などの日常生活に大きな支障がある(症状があっても、日常生活に全く問題がなければ診断しない)。

診断するためには、月経2周期以上にわたり、記録して確認しなければならない。

 

基礎体温表による記録の例を下の図に示しました。




基礎体温表に、PMMDの症状を記入し、それが生理のおよそ1週間前に始まり、生理が始まると2-3日で消失することを確認します、そしてそれが生理周期に一致して繰り返されることが診断にとって重要です。

 

月経前不快気分障害(PMDD)の治療

 

生活習慣を見直す睡眠を十分にとり、規則正しい生活をする。可能であれば、午前中日光に当たる、

適度な運動習慣を身に付け、健康に良い食事をする(野菜を十分にとり、栄養バランスの良い食事をとる、カルシウム、マグネシウムが不足しないように)、カフェイン、アルコールの取り過ぎに注意する、喫煙は控える。

 

生活上のストレスを緩和する:認知行動療法、マインドフルネス、ヨガ、アサーショントレーニングなどの技法を用いてストレスを軽減する。過重労働であれば、仕事量を調整する。

 

薬物療法

婦人科による治療:低用量ピルをもちいる。排卵を止める少量の女性ホルモンを用いることにより、ホルモンの変動がなくなり、PMMDを予防することが出来る。当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、加味逍遙散、桃核承気湯、女神散、抑肝散などの漢方薬を用いる方法もある。

精神科による治療:上記の方法で改善しない場合は、SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)を用いる。通常、うつ病に用いる量より少量を、生理の始まる1週間前から投与し、生理が始まったら中止する。PMMDからうつ病に移行する場合もあり、また、うつ病から回復した後にPMMDの症状が残ることもある。SSRIを用いた治療は、この薬物の効果、副作用について十分に経験のある精神科医が行うことが好ましい。

世界保健機構 (WHO) のパーソナリティ症(障害)の診断基準が変わりました

精神医学は、うつ病、躁うつ病、統合失調症、神経症(不安症)などの精神の病的状態を分類し理解し治療してきました。これらの障害(病気)は、多くの場合日常生活にも何らかの支障をきたします。

しかし、上記のようなはっきりと診断がつく病気ではないのですが、自分自身に対する違和感、否定的感情、人間関係で常に激しい感情(健康な人なら感じない程度の出来事で強い怒り、失望、不安感を感じる)に襲われ、そのため日常生活が困難になる人がいます。こうした人達は、パーソナリティ症(障害)と診断されますが2021年、世界保健機構(WHO)は、パーソナリティ症(障害)をこれまでとは全く異なる方法で理解し、そしてその診断基準も大きく変化しました。ここでは新しいパーソナリティ症(障害)の理解の仕方について簡単に説明します。

新しいWHOの診断基準(ICD-11)では、パーソナリティを理解する方法として、健康な人が持っている以下の2つの能力について着目しました。

自己機能
(自分の価値、自分の役割、自己像、将来像について正しく、肯定的に理解することが出来る能力)
対人機能(他者と親密な関係を作り、維持することが出来る。他者の立場を理解できる。他者と対立した時もうまく対応出来る能力)

この2つの機能(能力)は、普通の人が普通に備えている能力です、自分がそうした能力を持っていることすら気が付きません。したがって、健康な人がパーソナリティ症(障害)の人の苦しみを理解するのはとても難しいのです。パーソナリティ症(障害)では、この2つの機能(能力)が障害されてしまいます。

自己機能の障害とは?
自己機能という聞きなれない言葉については説明が必要です。自己機能というのは健康な人が持っている自分自身に対する感覚のようなものです。ただし、精神的に健康な人は自分の自己機能について気が付くことはありません。パーソナリティ症(障害)の患者さんの話を聞くと、“自分がない、自分が何者か分からない、何をして生きて行けばいいか分からない。自分の役割が分からない”、等としばしば訴えます。健康な人は、自分が自分であるのは当然であり、自分はこういう人間だと漠然と理解しています。また、自分はこうなりたいという現実的な希望を持っています。健康な人の自分に対する感覚は、あまりにも当たり前で自然なので気が付くことはないのです。しかし、パーソナリティ症(障害)では、自分自身に対する感覚が障害されています。こうした自分に対する違和感は、空虚感や気分の落ち込みを引き起こすこともあります。さらに、健康な人では、自分に対してある程度肯定的な感覚を持っています。パーソナリティ症(障害)の患者さんは、“自分は何をしてもだめだ、魅力がない。仕事の能力がない、失敗ばかりしている、自分が嫌い、好きになれない”等と訴えます。魅力的な人であり、能力もある人が、ひどく低い自己評価を持っているのです。そして自分を否定することから、慢性的な気分の落ち込みが見られることもあります。

また、健康な人は、自分の考え方、生き方、生きる上でのルール、振る舞い方については、ある程度柔軟性があります。しかし、ある種のパーソナリティ症(障害)の人は、どんな状況でも頑なに、厳格に自分のルール(例:極端な運動、ダイエット、勉強、仕事の進め方)を守るため、健康を害することもあります。これは、健康な人が普通に持っている柔軟性の欠如と言えます。

健康な人は、自分の特徴や性格、強さ、限界についてある程度正確に把握しています。しかし、パーソナリティ症(障害)の人は、自分の価値が高いと信じ、他人は価値が低いと信じています。価値があるため賞賛されるべきであり、自分を賞賛しない人間は許せないと思います。つまり自己機能の障害とは、簡単に言えば自分に対する感覚が普通の人とかなり違うため、苦しくなったり、周囲とトラブルになったりすることを指します。

 対人機能(恋愛、学校、職場、親子、家庭での人間関係、友人関係、仲間との関係)の障害)とは
健康な人では、他人との交流に関心があり、他人の視点、考え方を正しく理解することが出来ます。また、他社と親密で相互に満足し合う関係を持つことが出来ます。対人関係がこじれた時も、適切に対処することが出来ます。しかし、パーソナリティ症(障害)の人は、他人との関係で過度に傷付いたり、怒ったり、不安になったりします。一方的に依存して、それが満たされないと感情が不安定になることもあります。あるいは、自分が他人の犠牲になり、他人の言うことを常に聞き自分を押し殺してしまうこともあります。また、ある種のパーソナリティ症(障害)の人は、他人の気持ちに共感することが出来ず、相手を平気で傷つけてしまいます。

つまり、対人機能の障害とは、主として様々な人間関係の中で過度に傷付いたり、あるいは他者を傷つけたり、感情が著しく不安定になったりすることを指します。

 上記の自己機能と対人機能の障害によって、時には慢性的な気分の落ち込み、不安感、情緒不安定などの症状が起こり、死にたいと訴える人もいます。一見うつ病と似ているため、抗うつ薬による治療が行われることもありますが、パーソナリティ症(障害)の人では、抗うつ薬が気分を改善する事はありません。また、パーソナリティ症(障害)の人では、気分が落ち込んだ時に手首を切るなどの自傷行為が見られることもあります。つらい気分を紛らわすために過食や嘔吐を繰り繰り返すこともあります。

パーソナリティ症(障害)と診断するためには、この2つの機能が共に(どちらか1つでもよい)長期間にわたり障害されていることが必要です。


パーソナリティ症(障害)をさらに理解するための5つの因子

新しいWHOの診断基準(ICD-11)では、自己機能と対人機能の障害についてさらに詳しく掘り下げて理解します。そのため、健康な人にも認められるパーソナリティの5つの因子(パーソナリティ構造特性)を示し、その因子のどの部分が顕著で問題になるか検討します。

 1 否定的感情 (Negative Affectivity):何事もマイナスに考え、些細なことで不安、落ち込み、怒り、絶望、イライラなどの陰性感情が起こります。過去の不快な出来事をしばしば思い出し、何かあれば最悪の事態を想像します。自己評価が低く、自分の容姿や性格が嫌いなため、大切な人からも拒絶されて、孤独になるのではと考え不安になります。不安になると他人に極度に依存することもあります。また、自分自身はそのことに全く興味がなくても、他人の趣味や、希望に自分を合わせることもあります。

2 離隔 (Detachment):批判や恥をおそれ、あるいは孤独を好み対人関(恋愛、親密さ、性的関係)避けようとします。社会に出てからは、対人関係の少ない仕事を探すこともあります。普通の人であれば、感動したり、大喜びするような場面でも、同じように喜んだり、気持ちが盛り上がることがありません。また、何かに関心を持つ、新しい活動に参加することもほとんどありません。人生を積極的に経験しようというエネルギーが不足しているように見えます。慢性的な気分の落ち込み、絶望感を感じることが多く、将来に対しても極端に悲観的です。


3 非社会性 (Antagonism):他人の権利や感情を軽視あるいは全く無視します。冷淡で、自己中心的であり、共感性に欠けています。自分に価値があるという強い思い込みがありそれにふさわしい扱いを期待します。常に賞賛や、特別扱いを求め、注目の的になろうと努力します。他人を利用しようとし、利用出来ない人間は価値がないと思います。自分の目的を達成するために、嘘やごまかしを言うこともあります。他人を傷つけても罪悪感がないことも特徴的です。

 4 脱抑制 (Disinhibition):自分の気分、感情、思考、あるいは外的刺激にすぐに反応し行動してしまいます。悪い結果を引き起こす可能性があるのに後先考えずに行動します。たとえば、ストレスを感じた時に自傷行為をする、薬物を過剰に摂取するなどの行動が見られる場合もあります。義務や責任を果たすことが出来ず、約束も守りません。気が散りやすく、計画を立てて行動することも出来ません。無茶な運転、危険なスポーツ、ギャンブルが好きな人もいます。薬物を乱用したり、性的な逸脱行為をする人もいます。

5 制縛性 (Anankastia):自分なりの完全さの基準、正しさ、誤りの基準があり、それに固執します。自分の行動、他人の行動もその基準に合うようにコントロールしようとします。また、自分の基準に一致するよう周りの環境をコントロールしようとします。ルールや正しい、誤りの基準に厳格で、細かな規則、自分が決めたスケジュール、秩序、整頓、清潔などに極端にこだわります。周りからは、こだわりの強い人、頑固、強情な人と言われます。自分の感情もコントロールします、新しいこと、危険なことは避ける傾向があります。他人のした仕事には納得出来ず、相手の気持ちを考えず自分でやり直すこともあります。

 実際の臨床では、上記の5つの因子(パーソナリティ構造特性)の複数の因子を持っている事も珍しくありません。うつ病、摂食障害などはっきりとした診断がつく患者さんでも、パーソナリティ症が併存していることも珍しくありません。

パーソナリティ症(障害)では軽症か重症かが大切

パーソナリティ症(障害)は重症度に応じて軽度、中等度、重度に分けます。これは、重症度こそが、この障害の予後や、困難さに最も関係しているからです。

例えば重症のパーソナリティ症(障害)では、学校に行くことが出来なかったり、仕事をすることも出来ず、長期間家から出られないこともあります。

また、軽症のパーソナリティ症(障害)の人では、環境が良ければ(多少の困難はありますが)大きな問題もなく学生生活を送ったり、仕事をすることも出来ます。しかし、環境の変化、例えば、学校で嫌なことがあった、上司がパワハラ的な人になった、低い人事評価を受けた、希望に沿わない異動が指示された、あるいは、交際相手との関係で葛藤が生じた等、これまでにはなかった状況で、気分が落ち込み、対人関係において過剰な恨み、怒り、恐怖感などが生じることがあります。この場合、精神科では適応障害と診断され、環境を変えるよう提案されます。働いている人の場合では、職場環境を変えて、それで万事うまく行くこともあります。しかし、別の部署で同様の問題が起きる可能性もあります。

 症例提示1. 仮に職場で忙しい部署に異動した後にうつ状態になった30歳の男性について考えてみましょう。彼は、これまで対人交流の少ない部署で、穏やかな上司の下で自分のペースで仕事をしていました。しかし、異動により、言葉の荒い、ノルマを厳しく押し付ける上司の下で働くようになりました、しばらくすると、気分が落ち込み、気力もなくなり、死にたいとさえ思うようになりました。彼を詳しく診察すると、若い頃から他人と関わるのが苦手で、傷つきやすく中学時代は不登校の時期もあったことが分かりました。彼は、適障障害に加え、パーソナリティ症(障害)と診断されましたが、この場合、彼のパーソナリティ機能を下記のように詳しく評価することが出来ます。

自己機能の障害 ☑(低い自己評価、他人の評価に過敏、強い劣等感、過去の失敗へのとらわれ)

対人機能の障害 ☑ (批判を恐れ、対人関係を作ろうとしない、職場でも孤立している)

重症度: 軽症 ☑ 中等症 □ 重症 □

 パーソナリティの5つの因子(パーソナリティ構造特性)の特定:

否定的感情 (Negative Affectivity) ☑、離隔 (Detachment) ☑

非社会性 (Antagonism) □、脱抑制 (Disinhibition)

制縛性 (Anankastia)

 症例提示2. 次に、摂食障害と診断されている17歳の高校2年生について考えてみましょう。彼女は高校1年生の頃からダイエットをするようになり、身長は160cmありますが、現在の体重は35kgです。家族が心配して普通の食事をするよう説得しますが、本人は自分が決めた食事しか食べません。成績もよく、中学生の時は大きなピアノコンクールで賞を取ったこともあります。面接をすると、高校に入ってから、良い成績をキープするのが大変、周りの人は皆優秀である、自分は取り柄がないので勉強とピアノが出来ないと認めてもらえない。高校に入りトップの成績が得られないので両親も自分に失望している。何をするにも完璧を目指してしまう。完璧にすることにエネルギーを使いすぎて疲れてしまう。と訴えました。この場合、彼女のパーソナリティ機能を下記のように詳しく評価することが出来ます。

自己機能の障害 ☑(低い自己評価、強い劣等感)

対人機能の障害  □ (親しい友人もいる、友人との交流を楽しんでいる)

重症度: 軽症 ☑ 中等症 □ 重症 □

 パーソナリティの5つの因子(パーソナリティ構造特性)の特定:

否定的感情 (Negative Affectivity) ☑、離隔 (Detachment) □

非社会性 (Antagonism) □、脱抑制 (Disinhibition)

制縛性 (Anankastia)

 また、軽度のパーソナリティ症(障害)の人は、間違ってうつ病と診断されることもあります。この場合、抗うつ薬を使っても症状は改善せず、慢性的な、気分の落ち込みや、意欲低下が続く状況になることもあります。このような場合では、パーソナリティ構造特性に焦点を当てて、それと関連した”生きづらさ”を面接のテーマにする治療が必要です。

WHOが作成したICD-11では、以前に比べパーソナリティ症(障害)と診断される人が増える可能性があります。これは、安易に病気のレッテルを貼るという事ではありません。それは、職場や、家庭、人間関係で困難を抱えている人の中に、自己機能の障害対人機能の障害を見出し、そこを積極的に、戦略的にサポートする事が出来るという治療的意味合いがあるのです。



うつ状態とは

内科などの一般的医学の領域では、一連の症状から診断を推測し、身体診察、血液検査、画像検査など種々の検査を行い診断を確定します(下図1)。

一方、精神科の主要な病気である統合失調症、うつ病、躁うつ病、不安症などでは、血液検査、CT検査、脳波検査などをしても異常はありません(下図2)。つまり、精神科では診断のための信頼できる検査がありません。そこで、一連の症状からとりあえず○○状態として診断を保留します。 その後、病前性格、生育環境、現在のストレス状況、遺伝負因(家族の精神障害の有無)、ストレスがなくなった時に回復するかどうか(うつ病ではストレスがなくなっても症状が改善しません)、薬に対する反応性などを調べ、時間をかけて診断していきます。精神科で最も多い状態は“抑うつ状態”です。気分の落ち込み、意欲の低下、集中力低下、食欲低下、疲労感、不眠などの症状を認めます。しかし、多くの精神疾患が抑うつ状態を呈するため(下図3)鑑別診断が必要です。