目次
不眠の認知行動療法
パニック障害の認知行動療法
うつ病の行動活性化療法
過食・嘔吐の自己治療ガイド
マインドフルネスとは
ADHDの自己治療ガイド
ストレスや環境の変化に伴っておこる一過性の不眠は誰もが経験する正常な反応と言えます。しかし、長期間、不眠状態が続き、日中の集中力低下、眠気、イライラなどの症状がみられる場合には治療が必要になります。
最近になって、不眠に対する認知行動療法の効果が明らかになってきました。複数の信頼できる論文を調査した結果からは、認知行動療法は不眠に対し十分な効果があり、かつ、治療終結後もその効果が持続することが明らかになっています。ただし、不眠には様々な原因があり、全ての不眠に対して認知行動療法はお勧めできません。したがって、不眠を対象とした認知行動療法は医師の指導のもとに行うことが安全で効果があります。また、不眠に対する認知行動療法は、睡眠日誌を書く、自分の行動を変えるなどの自己努力のいる治療法です。得られる結果を信じて努力することこそ治療がうまくいくコツです。
認知行動療法は、心理教育(正しい知識を得ること)、睡眠日誌による睡眠の評価、実際の認知行動療法、斬新的筋弛緩法を組み合わせて行います。ここでは、不眠だけが主な症状であり、他の精神症状(気分の落ち込み、意欲の低下、不安など)がない場合の、慢性不眠に対する認知行動療法について簡単に説明したいと思います。
睡眠に対する正しい知識を得る
1. 必要な睡眠時間;8時間の睡眠時間にこだわらないようにしましょう。人によって必要な睡眠時間は異なります。睡眠時間が短くても日中の眠気で困らなければ大丈夫です。また、歳をとると睡眠時間は短くなります。70台では6時間以下の睡眠でも日中の眠気がなければ大丈夫です。無理に8時間眠ることはありません。
2. カフェイン、タバコ;眠る4時間前のカフェイン摂取はやめましょう。夕食時に習慣的に飲んでいる飲料にカフェインが含まれていないか確認しましょう。また、寝る前のタバコも寝付きを悪くします。
3. アルコール;アルコールは寝付きを良くする作用はありますが、睡眠脳波を取ると睡眠を浅くすることが知られています。寝付きを良くする目的で寝る間にお酒を飲むのは良くありません。アルコールは適量を、毎日ではなく、夕食時に楽しみながら飲みましょう。
4. 入浴;寝る間には、身体の内部の体温(深部体温)が下がることが知られています。寝る直前に熱いお風呂に入ると深部体温が上がり、寝付きが悪くなります。入浴は寝る2時間前にすませるか、寝る前であればぬるめのお風呂に入りましょう。
5. 朝の日光とメラトニン;脳からは、メラトニンという睡眠を引き起こすホルモンが分泌されます。朝、目から光が入るとメラトニンの分泌が抑制されます。同時に体内時計のスイッチが入り、そのおよそ15時間後(夜に)メラトニンが増加し眠気を引き起こします。朝、目から光を取り入れることで、睡眠リズムが正しく調整されます。
6. 室内の照明、パソコン、スマホの光;光はメラトニンの分泌を抑制します。夜は、部屋の照明を明るくし過ぎないことが大切です。また、寝る前のパソコンやスマホは、覚醒レベルを上げ寝付きを悪くします、特にベッドに入ってからのスマホは、目からの光がメラトニンの分泌を抑制する可能性がありよくありません。
7. 昼寝;午後3時以降に昼寝をすると夜間の睡眠が悪くなります。昼寝をするなら午後3時前に、30分以内にしましょう。
8. 寝室の環境;寝室や寝具は良い睡眠のためにとても重要です。早朝に日光が強く差し込むと睡眠が途切れてしまうことがあります。その場合は遮光カーテンを用いましょう。寝具も自分に合ったものを選ぶことが大切です。
睡眠日誌と睡眠効率
(1) 睡眠日誌の書き方
行動療法では、自分を観察する科学者の態度が求められます。ここでは、睡眠について記録しますが、この記録は現在の状況や認知行動療法の治療効果を知る上で極めて重要なものです。
睡眠日誌の例
月日 | 月日 | |
---|---|---|
昨晩床に就いた時間 | ||
寝付くためにかかった時間 | ||
今朝、目覚めた時間 | ||
目覚めてから、布団を出る までの時間 |
||
夜中に目覚めましたか | はい、いいえ | |
夜中に目覚めていた時間の合計 | ||
昼寝をしましたか | はい、いいえ | |
夕方、アルコール、カフェインをとりましたか | はい、いいえ | |
日中の眠気はありますか | はい、いいえ | |
日中の昼寝はありますか | はい、いいえ |
(2) 睡眠効率とは
睡眠効率とは、ベッドにいる時間のうち実際に眠っている時間の割合です。
睡眠日誌から計算することが出来ます
睡眠効率 =(実際に眠った時間)÷(ベッドの中にいた時間)×100
たとえば11時にベッドに入り、1時間後に眠りについて、6時に目覚めてしまい7時にベッドから出るとすると、実際の睡眠時間は6時間となり、ベッドにいる時間は8時間、睡眠効率は75%となります。
同じ6時間程度の睡眠時間でも、12時にベッドに入り15分で眠り、6時15分に目覚めてすぐにベッドから出れば、睡眠効率は94%となります。
たとえ同じ睡眠時間でも睡眠効率を上げて、眠れないのにベッドの中に長くいる状態を避ければ、寝室やベッド=眠れない場所という条件反射が、寝室やベッド=眠る場所 という条件反射に置き変わります。
なお、認知行動療法では、睡眠効率は85%以上になるよう調整していきます。
最近では、睡眠効率を自動で計算してくれるアプリもあります。
不眠に対する認知行動療法の実際
不眠症に陥っている人は寝室やベッドが寝ようとしても眠れない苦しい場所だと無意識に(脳が)感じています。これが不眠を継続させる悪い条件反射です。寝室やベッドが心地よい眠りと関連する場所だという良い条件反射が出来ることが不眠に対する認知行動療法の基本です。
一般に行動療法では治療的な行為に名前が付いています。技法の名前は重要ではありませんが、技法の目的と具体的な方法を知っておくことは大切です。たとえば自分の外部にある一定の刺激(たとえば音を聞かせて餌を与えた犬が、音だけでよだれを垂らす場合、その音を“刺激”を呼びます。ここでは、寝室とベッドが“刺激”となります。不眠症では、寝室やベッドが寝ようとしても眠れない苦痛、翌日の眠気などの負のイメージと関連した“刺激”となっています。寝室やベッドを良い睡眠と関連付ける“刺激”にする工夫が刺激コントロール法です。眠れない状況でベッドにいる時間を短くすれば自然と睡眠効率も良くなります
1)刺激コントロール法
(a) ベッドでは、睡眠以外の行動をしないようにします(寝床で読書しない、テレビ、スマホを見ない)
(b) ベッドに入っても眠れない時は、いったんベッドから出て寝室から別の部屋に行きます。椅子に座って軽い読書、テレビを見るなどリラックス出来ることをしましょう(ソファで横になってはいけない)など眠れない状況でベッドにいる時間を短くします。
(c) ベッドに戻るのは、眠くなってからにしましょう
下の図は、眠れないままベッドの中で過ごしている状態を示しています。
横棒の青い部分が睡眠がとれている時間帯、白い部分が眠れない時間帯を示しています。この図では、眠れない時間もベットで横になっています。
刺激コントロール法では、ベッドの中で起きている時間を減らすために、眠れない時は、寝室から出るようにします(下図)。こうすることで、睡眠効率が上がり、ベッドと寝室が心地よい眠りと関連付けられるようなります。
2)睡眠制限法(睡眠スケジュール法)
眠れない状態でベッドにいる時間を出来るだけ短くすることが大切です。ます、睡眠日誌で実際に眠っていた時間(1週間の平均睡眠時間)に30分を追加した時間をベッドにいてもいい時間とします。そこから、ベッドに入る時間、起きる時間を決めます。決めた時間は必ず守るようにしましょう。この方法では、初めはベッドに入る時間が今までよりも遅くなります。
また、昼寝はしてはいけません。
漸進的筋弛緩法
筋肉の緊張と弛緩を繰り返し行うことにより身体のリラックスを導く方法です。身体の上の筋肉から下に向かって順次行っていくため。漸進的(ぜんしんてき)という難しい名前が付いています。
ベッドに入る前に椅子に座って行いましょう、全部で10分~15分ほどかかります。
筋肉に5秒間力を入れ緊張させ、15秒間脱力・弛緩します。力が入った状態と、リラックスしている状態の差を感覚でわかることが大切です。
1.
両手の緊張、弛緩
膝の上に手のひらを上に向けて置きましょう。両手をギュッと5秒間きつく握ります、次に手を開いて力を抜きます(15秒) 下図
2.
両腕
両手を握り、拳を耳に近づけ、曲った上腕全体に力を入れ5秒間緊張させ、その後15秒間脱力・弛緩します。
3, 背中
ボートに乗ってオールを漕ぐ時の、オールを引きつけた姿勢で、肩甲骨を引き寄せるように力を入れ、その後、力を抜きます。
4. 肩
座った姿勢から、両肩をあげ、肩を強くすぼめます。
5. 首
右側に首を傾けます。左側も同様に行います。
6. 顔の筋肉
口をすぼめ、顔全体を顔の中心に集めるように力を入れる。
その後、顔の力を抜く(口は軽く開く)
7. 腹筋
座った状態で腹筋に5秒間力を入れて、その後力を抜きます
8. 足
座った状態で足を延ばします。つま先を伸ばし、足の下側の筋肉を緊張させます。次に、足の力を抜いて弛緩させます
足指手前に曲げ、足の上側の筋肉を緊張させます、次に足の力を抜きます。
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パニック障害の認知行動
パニック発作とは
急に強い不安感に襲われ、息苦しくなり、過呼吸になり、手が振え、冷や汗が出る、手先がしびれ、めまい感も起こり、このまま気を失うのではと考えてさらに不安になる。こうした、症状が突然おこり、30分程度続くものがパニック発作です。発作と言うのは、強い症状が正常な状態から急激に起こることを言います。なんとなく動悸がして、息苦しい状態が続くという症状は発作ではありません。パニック発作には、抗不安薬、抗うつ薬などが有効ですが、認知行動療法も、薬物療法と同様の効果があることが知られています。
動悸や、息苦しさは本来、本来身体の病気で出現する症状です。したがって、まず内科で検査することが必要です。しかし、心電図、レントゲン、血液検査などの検査で心臓、肺、その他の病気がないことが分かり、パニック発作が繰り返し起こる場合、パニック障害と診断します。身体の病気がないと診断されたら、これらの症状は不安によっても引き起こされることを理解しましょう。不安になると動悸がする経験は誰にでもあるのではないでしょうか?好きな人に告白する時、ドキドキした経験はないでしょうか?この場合、相手に断られるかも知れない、つまり失敗する恐怖心が人を不安にさせています。また、強い不安によって過呼吸になりますが、深い息をし過ぎると、血液中の二酸化炭素が減ってしまいます。そのため、手先がしびれる、めまいがするなどの2次的症状が出現します。また、二酸化炭素濃度の低下は、呼吸中枢を抑制するため(脳が自動的に呼吸を抑える)、患者さんは息苦しさを感じます。これらの症状は、さらに不安を悪化させるという悪循環が怒ります。
パニック発作の治療について
抗不安薬は、不安そのものを和らげます、さらに不安の身体症状としての動悸、息苦しさなどにも有効です。純粋なパニック障害の場合、専門医が抗不安薬を適切に使えば、症状は改善し、依存が起こることもほとんどありません。ただし、依存を起こさせないためには、正しい薬剤選択、さらに、薬を切るためのプロセスが必要です。
また、抗うつ薬も同様の効果があり、抗うつ薬は依存が起きないという長所もあります。国際的ガイドラインでは、パニック障害には、抗うつ薬(セロトニンに作用する抗うつ薬)を用いるよう推奨されています。
現在では、薬物を用いない治療(認知行動療法)が有効であることが明らかになっています。薬物を使わない治療をする前に、すでに説明したパニック障害のメカニズムを理解しておく必要があります。また、パニック発作を引き起こす誘因、コーヒー(カフェイン)の過剰摂取、タバコの過剰摂取、ある種の薬物(喘息に用いる気管支拡張剤など)、不眠、過重労働、長期の心理的ストレス、についても知っておくことが大切です。
ここでは、パニック発作が起きそうな時に行う、呼吸コントロール法について簡単に説明します。
呼吸コントロール法
パニック発作が起きた時、起こりそうな時に行う呼吸コントロール法について説明します。
1. 行動を止めて椅子に座りましょう、次に、身体の力を抜きましょう、睡眠の行動療法で説明した斬進的筋リラクゼーションを用いてもよいでしょう。
2. 身体の力を抜いてから、まず、息を止めて10数えましょう。
3. 10数えたら、静かに息を吐きます、この時も身体の力を抜いて筋肉をリラックスさせて下さい。そして口は閉じて呼吸は鼻からして下さい。できれば腹式呼吸を行って下さい。
4. 次に、3秒で息を吸って、3秒かけて吐きます、6秒に1回の呼吸なので1分間に10回呼吸します。10回呼吸したら、再び10秒息を止めます。3秒で息を吸って、3秒で吐くことを10回繰り返し、10秒息を止めます。
過呼吸症状が収まるまで、これを続けます。
過呼吸になりそうになったら、すぐに呼吸コントロール法をして下さい、過呼吸は、何もしなくても30分以内に収まります、呼吸コントロール法を用いると5分程度で収まります。 初めのうちはうまくいかなくても練習により上達します。
不安や恐怖心を引き起こしている認知の偏りについて知ろう
パニック障害の患者さんは、不安によって引きおこさえる身体感覚について脅威的、破局的なものと考えます。
身体症状 | 患者さんのとらえ方 | 医学的事実 |
---|---|---|
動悸 | 心臓発作ではないか、心筋梗塞ではないか、突然死するのではないか | 不安があると心臓の鼓動が大きく感じる、内科的検査が異常なければ心配はない |
呼吸困難、過呼吸 | 酸素が肺に入っていないのではないか、息が出来ず窒息死するのではないか | 血中の酸素は正常、呼吸回数が多くなっている、むしろ呼吸回数を減らすことが大切 |
手のしびれ | 脳に重大な異常が起きているのではないか、テレビで見た脳梗塞ではないか | 過呼吸による二次的症状、過呼吸が収まれば自然に消失する |
めまい | この場で倒れてしまう、気を失って死んでしまうかも知れない | 回転性ではないめまいで、耳鼻科的、脳神経学的検査で異常がなければ、不安の症状と考えてよい |
その他: 人前で気を失って倒れるのではないか?死んでしまうのではないか?気が狂い自分をコントロールできなくなるのではないか?電車が線路上で止まり長時間閉じ込められてしまいトイレに行けず失禁するのではないか?ここで、具合が悪くなっても誰も助けてくれないのではないか?渋滞のため救急車が動けなくなるのではないか?昨日テレビで見た健康番組で突然死を引き起こす人の特徴に自分は当てはまるのでは?など様々な破局的な思考に支配されます。
こうした思考を、文字に書き起こし、思い込みがないか、現実以上に大きな問題だと考えていないか、自分の取っている行動は役に立っているか、自分はこの状況に対処できないと考えていないか、検証します。
パニック発作に伴う広場恐怖
パニック発作は、外出先で起こることが多く、典型的な場合、朝の出勤途中の急行電車の中で起こります。パニック発作が起きると、その場から逃げたいと言う強い気持ちが起こります。急行電車などは、すぐに降りることが出来ない(逃げることのできない)典型的な場所と言えます。患者さんは、その場から何とか逃げ出しますが(途中下車する)、その後、急行電車を避けるようになります。極端な場合は、電車に乗ることが出来なくなります。パニック発作が起こった時に、すぐに逃げられない状況を恐れることを広場恐怖と言います。パニック発作自体は薬物が有効ですが、広場恐怖には薬物はあまり効果がありません。そこで行動療法的アプローチが必要になります。
不安と回避に対する、段階的暴露法、および不安のモニタリング
不安が起こると、不安が起きた場所を回避しようとします。これを回避行動と言います。回避行動は不安を長期化させてしまうことが分かっています。
パニック発作が電車内で起こる → 電車を避ける → 安心する → 避けて安心した体験が、電車に乗った時の不安をさらに増幅させる → さらに避けるようになる
一方、不安や恐怖心はその場から逃げずに耐えていると、次第に減っていくという事実があります。そのため、不安をや恐怖心を起こす状況に段階的に自分を暴露する方法が治療に用いられています。具体的には、電車内で強い不安感に襲われ、その場から逃げ出したいと思った時、そこから逃げずに、その不安を自分で観察しモニターする方法が効果的です。“不安だ、逃げたい”という思いの程度を、100という数字で置き換えます。そして、その100がどう変化するか観察します。1分おきに、まだ100だ、まだ100だと点数をつけます。10分ほど経つと、それが90に低下します。30分たつと20-30という値になるでしょう。自分の不安をモニターすることによって。その不安と距離がとれるため、不安に巻き込まれ、回避行動をとることがなくなります。
ただし、不安への暴露は段階的に行う必要があります、いきなり強い不安状態に暴露するのではなく、不安状況を分析し、比較的弱い不安への暴露からスタートしましょう。
下の図は、広場恐怖のため外出困難になった人に行う段階的暴露方法を示したものです。呼吸コントロール法などの技法を身に着けた後、step 1では、近くのコンビニに一人で行きます。 この状況が1週間以上続いたらatep2 に移行します。Step2では、最寄り駅のカフェで時間を過ごします。step3 では数駅離れた書店に買い物に行きます。step4 では、以前から行きたかったデパートに買い物に行きます。
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うつ病の行動活性化療法とは
うつ病に対する行動活性化療法は、認知行動療法に含まれる新しい治療技法です。行動活性化療法は、うつ病に対して効果がある事が明らかになってきました。ここでは、行動活性化療法について簡単に説明します。
例を挙げて説明しましょう。
ある、うつ病患者さんが、一日中横になっています。落ち込みや、気力の低下がありましたが、抗うつ薬を投与してから気分の落ち込みはなくなりました。しかし、ほとんど外出せず、一日中横になっています。本人は、「気力がないので横になってしまう、外出もできない。」 と訴えます。この状態では、仕事をすることも、学校に通うことも、思うように家事をすることも出来ません。
行動活性化療法の特徴は、こうした活動性の低下を単なるうつ病の症状と捉え薬物療法の効果を待つのではなく、活動性の低下はうつ病に対する誤った対処行動(回避行動)とみなし、行動療法的にアプローチすることです。つまり、気分が落ち込むから動けないのではなく、活動をやめてしまうこと自体がうつ病のサイクルを持続させているのです。
回避行動とは
行動活性化療法では、気力の低下や疲労感を不快な感情からの回避行動と考えます。回避行動とは、文字通り不安や恐怖を体験することから逃げることです。対人恐怖の人が他人との交流を避けたり、PTSDの人がPTSDが起こった状況を避けるのが回避行動の例です。 例えば、火事が出来ないで一日中横になってしまう女性について考えてみましょう。彼女は散らかった部屋の中で横になっています。何から手をつけてよいか分からず、自分の無力感に圧倒されています。彼女は何かしようとしても出来ないという不快な感情を回避するために横になっていると言えます。
うつ病で失職した人が仕事を探さず一日中家にこもっている場合では、仕事を探して失敗する不安を避けているために、気力が低下し横になっていると言えます。つまり、行動せずに横になっていることは、起きていれば遭遇する不快な感情から逃れることが出来るというメリットもあるのです。
下の図は、回避行動と気分の落ち込みの悪循環について示したものです。目覚めた時、気分の落ち込みを感じると起きた時の行動についてあれこれネガティブに考えてしまいます。(外に出て天気な人を見るとさらに落ち込むのではないか?家が散らかっているがとても片付けられない)。こうしたネガティブな状況を避けるために横になってしまいます。
行動を活性化させるには
a)
行動と気分との関係を知る
回避行動は自分でも気付かず自然にしてしまうため、自分の行動と気分との関係を客観的に観察することが重要です。具体的には、毎日の気分を、活動ノートに記録し、気分を良くする行動と気分が落ち込む行動を調べます。次に避けていたことを積極的に行い気分の変化をし食べます。行動を試すときは“実験する”という冷静な態度が必要です。気分がよくなる行動が見つかればそれを生活の中に組み入れていきます。
図に、散歩をした時の気分の変化を示しました。目覚めた時に嫌な気分だった、思い切って散歩に出た、気分が少しだけ改善した。こうやって記録して行動と気分の関係をノートに記録します。
a)
苦手な行動を細かいステップに分ける、難易度をつけて取り組む
うつ病では、家の片付け、事務手続きなど、すぐにしなくていいことは全く手が付けられなくなってしまうことがあります。散らかった部屋を目も前にして圧倒され、疲労感に襲われ何も出来ず横になってしまうのです。この場合、作業を出来るだけ細かいステップに分けて、段階的に取り掛かるようにします。また、取り掛かるべき課題をリストアップして難易度を5段階で評価します。そして、簡単か課題から取り掛かることも大切です。
過食で困っている人は珍しくありません。自分でやっていることですが、意志の力だけで止めようとして止めることが出来ないのが過食行動です。止めるためには、戦略が必要です。海外の治療ガイドラインでは、過食行動がある場合の最初の治療法は、認知行動療法を用いたセルフケアです。つまり、医師やカウンセラーの力を借りなくてもいいのです。自分自身が治療者になれるのです。ここでは、自分で出来る、過食衝動や過食に対処する認知行動療法について解説します。ただし、注意すべきことは、うつ病や、他の精神障害があって、過食もある、と言う場合はこの治療法だけではいけません、その場合は、専門家に相談して下さい。
この治療法では、ノートと鉛筆が必要です。パソコンを使いたい人はそれでも構いません、
ステップ1
1)
過食を止めたらどんな良いことがあるでしょう?身体にとっていいこと、心にいいこと、社会生活上の良いこと、どんなことでも書いて下さい。自分だけでなく、家族にとっていいことがあればそれも書いて下さい。
(例)
自分が着たい服を着ることが出来る
外見について引け目がなくなる
健康になる。家族も喜んでくれる
無駄遣いがなくなる。
2) 過食を止めたら、どんな悪い事が起こるでしょう?過食に助けられている点について書いてみましょう。
(例)
過食はストレス解消になっているため、過食を止めたらストレス解消が出来なくなる
孤独感が和らぐ
過食を止めたら、一人の時間に何をしていいか分からない
食べたいと言う強い欲求が満たされる
過食を我慢したら空腹が満たされず、それがかえってストレスになる。
ここで、過食があなたを助けている点があることも分かりました。過食の良い点もあるため簡単には止められないことが理解出来たと思います。
そして、なにより満足感を求める強い衝動があることにも気付かなければなりません。強い衝動に打ち勝つのは大変です、それには、多くの作戦が必要です、挫折や失敗もあるでしょう、しかし、必ずうまくいくと信じて取り組んで行きましょう。
ステップ2
食事日記をつけましょう、それは、単なる食事記録日誌ではありません。どういう状況で食べたか、その具体的状況、どの程度の過食衝動があったか(強かったのか、それほどでもなかったのか?)、どんなことを考えていたか、どんな気持だったか、その結果どうだった、など、丁寧に自分を観察して書いて行きます。初めのうちはうまく行かなくても大丈夫です。食べた物だけ書いて、その他のことは簡単に書いてもいいでしょう。1-2週間書いていると、だんだん自分を観察できるようになります。
日記の例、ここまで書けるようには、練習が必要です。
時間 | 食べたもの | 過食・嘔吐 | 気分、状況 |
---|---|---|---|
8:00 | トースト | なし | |
15:00 | スパゲティ | なし | |
21:00 | ピザ、ポテトチップス、菓子パン、焼きそば | 過食、嘔吐あり | 母から仕事をしていないことを批判された。家に食べ物がないのでコンビニまで買いに行った、かごにお菓子を入れるのを止めることが出来なかった。吐いた後に、自分を責めて落ち込んだ。 |
日記を書くことによって、過食のきっかけとなるネガティブな“考え”や“気持ち”が明らかになり、過食が不快な感情を和らげていることに改めて気付きます。また、することがないから食べてしまった。空腹になり、食べ始めたら止められなくなった、予め過食しようと思った。などのコメントもあるでしょう。そして、日記を書くことによって、不快な感情を和らげるために過食をした結果、罪悪感を感じさらに落ち込んでしまう、という流れもはっきりしました。「初めは救いを求めて、行っていた過食行動が、逆に自分を苦しめてしまう。」という関係性を明らかにすることはとても大事な事なのです。
ステップ3
過食行動の分析が終わったら、次に、過食を減らすための具体的方法を学び、実行しましょう。
過食衝動に耐える、やり過ごす方法
まず過食衝動の強さを評価し(1から10まで)、継時的に観察します。
自己の衝動を丁寧に観察することで、自分を、衝動を持っている自分としてより客観的に見ることが出来ます、そのため衝動に巻きこまれる事がなくなり、衝動があっても実際に過食を我慢することが可能になります。衝動を、自分自身だとみなしてはいけません、“私は、食べたくて仕方がない”、と考えるのではなく、“私は、過食したいという衝動を体験している”と考えましょう。その衝動を、波乗りをするようにやり過ごしましょう。あなたは、もし、その衝動を我慢し続けると、怒り出したり、破局が訪れる、と信じ込んでいるかも知れません。しかし、そうはなりません、不思議な事に、その衝動は最終的には鎮まって、消えてしまうのです。
規則正しい食事(3度の食事と2回のおやつ)で空腹にならないようにする
これまでの研究から、規則正しい食事が過食を減らす最も効果的の一つであることが分かってきました。 1日の初めに、何時に何をどの程度、食べるか予め決めましょう。そして、それを厳格に守るよう頑張りましょう。つまり“過食しないようにする”という漠然とした目標ではなく、“ランチは、おやつは、夕食は、自分が決めた食事、決めた量をきちんと食べよう”とより具体的な目標にします。過食症では、空腹感や満腹感が正常に働いていません、患者さんが「満腹にならない、一人分の食事の分量が分からない」などと訴えるのはこのためです。特にいったん食べ始めると満腹感が分からなくなります。ですから、その日の朝に、食事時間、食べる物、食べる量を決めることが重要なのです。また、多くの過食は、午後から寝るまでの間に起こります。空腹にならないよう、ランチとおやつ、おやつと夕食、夕食と寝るまで、何も食べない時間を4時間以上あけてはいけません、食事は味わって食べましょう、この食べ物が、どうやって作られたのか、太陽と水、土壌の栄養のおかげで、種から実になって、農家の人が刈り取って、運ばれて、店に並べられ、家に来て、調理されて、と想像しながら、関わった人々、食べ物それ自体に感謝しながら食べましょう。
過食は、午前中には少ないものです、1日2回のおやつを昼食と夕食の間、夕食と寝るまでの間に食べましょう。
気を紛らわす方法を探そう
夜、一人で何もすることがない時に過食する人がいます。その背景には、不安感、孤独感、劣等感、絶望感、空虚感などの負の感情がしばしばあります。こうした負の感情になり易い点については、セルフケアだけでは十分でないかも知れません。しかし、たとえ負の感情に襲われても過食ではなく他の方法で立ち向かうことが出来ます。他の方法とは、オーダーメイドの気分転換方法です。それを探しましょう。
ヒント;楽しい事が大事、過去にやったことがある、以前から興味があった、手や身体を動かす、苦手な事は無理にしない、
過食衝動は1時間程度で収まるものです1時間程度の活動で大丈夫
運動が好きは人:散歩、ランニング、ヨガ、ピラティス、ジムで運動、水泳、ストレッチ,
社交ダンス、もっと激しいダンス(ブレイクダンス、サルサ、)、サイクリング
音楽が好きな人:ピアノを弾く、昔やっていた楽器(ギター、フルート)を取りだし練習する、新しい楽器を習う、コーラスに参加し自宅で歌の練習をする、自宅でカラオケをする、思い切って一人カラオケに行く
手先が器用な人、手を動かす事が好き人:手芸、編み物をする、ミシンがあれば自分の服を縫う、ぬいぐるみを作りインスタグラムに載せる、大人の塗り絵をする、ミニチュアハウスを作る、フラワーアレンジメント、ネイルをする、
テレビ、ゲーム、動画を見るのが好きは人;好きなドラマ(映画)を録画し、過食したくなった時だけ観る、心を和ませるような動物動画を観る、好きなユーチューバーの動画を観る、普段は我慢をして過食したくなったらお気に入りのゲームをする、漫画を買って過食したい時だけ読む、
人と関わるのが好きは人:友人に電話する、メールする、友人を家に呼ぶ、オンラインゲームをする
その他:シャワーを浴びる、カルチャースクールに入り、その勉強をする
ステップ4 吐くのを止めよう
吐いたとしても減らせるカロリーは30-40%です。吐くことにより、食事への渇望が増大するため悪循環に陥ります。慢性的に吐いていると、唾液腺の働きが活発になりすぎてしまい、特に耳下腺が膨れてしまいます。顔が丸みを帯びて見えるため、さらにやせなければと思ってしまいます。胃酸が逆流し、歯のエナメル質を溶かします、その結果虫歯が増えてしまいます。
吐くの止める、または減らす方法は、あなたが吐く頻度によって異なります。
1) たまに吐く人の場合(1週間に2-3回しか吐かない、過食後吐かない時もある)
食事日記から、1週間に吐いた回数を数えましょう、そして、来週は、それより1つ少なく吐きましょう、そうやって、徐々に吐く回数を減らしましょう。焦らないで、何カ月もかけて減らしていきましょう。
2) 食後毎回吐く人の場合(食後あるいは過食後、ほとんど毎回吐いてしまう)
吐くことが習慣になっている場合、この習慣を止めるのは簡単ではありません。過食症の人は、満腹感の感じ方が異なっています。満腹感を感じにくく、苦しいほど一杯になって満腹となり、次に、その満腹感に耐えられず、あるいは、満腹感から不安になり吐いてしまいます。普通の人が感じる、食後の心地よい満腹感(空腹と、苦しいほど腹一杯の感覚の中間の状態)を取り戻すことが大事です、それには、ステップ3の計画された食事を守ることが最も重要ですが、同時に、苦しいほど腹一杯な状態で吐かずにいる練習も効果的です。
まず、吐く時間を、徐々に遅らせましょう。食事日誌に、食事と、それを吐いた時間の間隔を記録します。2週間程度、この時間を記録し、次に、その時間をほんの少しずつ延ばすようにしましょう。もしあなたが、食べた直後に吐くならば、まず、食べてから非常に短い時間(3~5分間)、吐くのを遅らせることから始めましょう。
食べてから、吐くまでの時間を決めたら、週の初めに、日記に次の週の目標を書き、それを必ず実行しましょう。しかし、現実的な目標にすることを忘れないで下さい。あまりにも急な変化を目指さないで下さい。回復の旅では、“着実にゆっくりと”が、もっとも効果的な方法です。
もし、その週に、予測していたより多く吐いてしまった場合には、前の週の目標に戻りましょう(思い出して下さい、回復は、一歩下がって2歩進むといったものです)。あなたは、ちょっと頑張りすぎたかも知れません、自分を許して、回復の旅に再出発です。
吐くまでの時間を遅らせることは、あなたをすごく不安にするものです。たぶんあなたは、過度に満腹で、お腹がふくれた感じがするでしょう。そして、体重が増えてしまうという恐怖感が急激に湧きあがってくるでしょう。吐くまでの時間を遅らせることからくる不安を対処する最も良いテクニックは、その状況を“そこから新しい事を学ぶ実験だ”とみなすことです。吐くまでの時間を遅らせたら、何が起こると思いますか?それを書いて下さい。どう感じるでしょう?どれだけ強くそう感じるでしょう?その強さを1-10のスケールにして評価して下さい。どんな考えが浮かんでくるでしょう、そしてその考えをどのくらい強く信じますか?次に、吐くまでの時間を遅らせた後に、実際にどう感じたか書いて下さい。それは、あなたが想像した通り悪い物だったでしょうか?もっと悪かった?ましだった?想像したものとは異なっていましたか?吐くまでの時間を延ばすことによっておこる不安に暴露し、観察し、それが和らいでいく過程を体験することが重要です
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マインドフルネスとは、「意図的に、今この瞬間に価値判断することなく注意を向けること」と定義されています。好ましくない思考、感情、身体感覚を穏やかに観察する訓練は、うつ病の再発予防に効果があると考えられています。マインドフルネスについては、日本でもたくさんの書物が出版されています。北大路書房から出版されている、ZV.シーガル(監訳;越川房子)らのマインドフルネス認知療法の本がお勧めです。
以下にこの書籍の中で本質的な部分は省き、マインドフルネスのテクニカルな部分について抜粋してみました。
a) レーズンエクササイズ;これはレーズン食べるというユニークな方法です。参加者はレーズンを初めて見たかのように注意深く見るよう指示されます。丁寧に観察した後は、臭いを嗅ぐ、次に口の中に入れて味わい、味や口の中の感覚を確かめる。その後、「普段食べている時とどのように違うか?」、「この間に頭に浮かんだ考ことがあるか?」などと質問されます。レーズンエクササイズの中で、心がいつも現在よりも過去や未来にあること、いろいろなことに部分的にしか気付いていないことに気づくことを目指します。
b) ボディスキャン瞑想;柔らかい床に仰向けになって、目を閉じ、時間をかけて、身体のあらゆる部分に注意向け、その部分の身体感覚に気付く練習(訓練)です。まず、身体の背中、足、手、後頭部などが床に触れている感覚に注意を向ける、次に呼吸に注意を向け呼吸をする時の腹部の感覚を意識する、さらに左脚、左足、足指、つま先に注意を向ける。こうして身体の細部に注意を向ける練習が出来たら、息が肺を通って、お腹から左脚、左足、左足のつま先から出ていく想像をする。今度は、つま先から息が反対向きに上がって鼻から出ていくことを想像します。身体の残りの部分、右つま先、右足、腰、背中、胸、肩、首、頭、顔の順に、その部分の身体感覚に注意を向ける。その部分に息を吸い込み、そこから息を出すイメージを想像する。ボディスキャン瞑想では、湧きあがってくる思考に気付き、評価をせずにそのまま受けとめ、そして呼吸や身体部位に注意を向けるといった練習を繰り返します。
a)
3分間呼吸空間法;リラックスして、しっかりした姿勢で立ちます。目を閉じて、心に浮かんだことに注意を向ける、思考に気が付いたら次にそれに伴う感情に気付く。嫌な感情、不快な感情にも注意を向け、その感情がそこにあることに認めるようにする。今度は、呼吸に注意を向ける、呼吸により上下する下腹部の動きに注意を向ける、腹部の内側の感覚にも注意を向け、息が入る感覚、出て行く感覚に気付いていく。次に、身体全身の感覚に注意を向けていく。具体的には、「今、何を体験しているだろうか?思考では、感情では、そして身体感覚では?」、と問いかけます。
b)
座瞑想;椅子(あるいは床)に座って背筋を伸ばします。足の裏はぴったりと床につけます。目を閉じて身体の椅子や床と接しているところに焦点をあて、その感覚を確かめます。身体から息が出入りする時、下腹部の身体感覚の変化に注意を向けます。空気がお腹壁を押す感覚を確かめます。息を吐くときの腹部の感覚、息と息の間の感覚にも注意を向けます。次に、息の流れを全身で感じとります。息の流れと共に身体の感覚に再び注意を向けます、床や椅子に触れている部分の感覚、太ももの上に置かれた手の感覚にも注意を向けます。心がさまよったことに気付いたら(雑念が浮かんだら)、そのことにそっと気づき、やさしく呼吸や身体への感覚に戻します。ボディスキャンと同じように身体各部に特定の場所に息を入れるようにします。
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ADHDの自己治療ガイド
以前は、注意欠陥・多動症(attention deficit/hyper activity disorder: ADHD)は、子供の問題であり、大人になれば症状は軽快し治療の必要もなくなると考えられていました。しかし、子供から成人にかけての長期間の調査や大規模な疫学調査から、ADHDは幼少期から成人期まで持続する発達障害であること、ADHDの症状は、発達と共に変化するため、大人のADHDの症状は、幼少期とは異なるなることなどが明らかになってきました。さらに大人においても学業、家事、職業における機能が損なわれることがあり、薬物療法や行動療法などの治療によって機能が改善し、社会適応能力が向上することも明らかになってきました。ここでは大人のADHDの特徴、自己治療法(行動療法)について簡単に解説します。
成人のADHDの特徴
小児期のADHDでは、順番を待てない、言ってはいけないことを言う、暴力行為、授業中に離席する、動き回る、お喋り、他の生徒にちょっかいを出す等の衝動性、多動性が目立ち、同時に、忘れ物が多い、課題が出せないなどの不注意症状が認められます。成人になると、衝動性、多動性の部分は目立たなくなり、元来あった不注意症状が顕著となり、学業、家事、職業上の機能に影響を及ぼすようになります。成人で多くみられる不注意症状としては、事務作業で不注意による見逃しをして会社に重大な損失を与える、提出期限のある書類を放置して忘れてしまう。財布、携帯電話、時計、宝石など大切な物をしばしばなくす、重要な約束を忘れる等があります。
成人では、衝動性、多動性は目立たない場合が多いのですが、黙っていられず喋り過ぎてしまう。会議中も、他人の話を遮って話始める、他人に失礼なことを言う、怒りっぽい、急に思いついて行動する。じっとしていることが苦手、等の衝動性、多動性症状が残っていることもあります。
成人のADHDの診断
診断で大切なことは、ADHDは小児期から症状が認められることです。診断には、両親からの、発達、発育に関する情報、小学校の通信簿の教師のコメント等の小児期の客観的情報が必要です。また、WHOが開発した簡単なスクリーニング検査を行う方法もありますが、専門医のいる病院では、診断尺度を用いた診断や治療効果の判定のための症状評価尺度などを用いて評価します。そして、職場、学校、家庭、友人関係など複数の場面で、ADHDの症状が認められることも診断上重要です。
成人のADHDの自己治療
日常生活に大きな問題があり、早期の改善が必要な成人ADHDでは薬物療法が必要です。しかし、軽度のADHDまたは薬物療法には抵抗がある場合には、行動療法を行います。ここでは、不注意、ミスを減らす方法、物忘れ防止の方法、先延ばししないためのテクニック、衝動性に対する対処法について、自分で出来る行動療法的治療について簡単に解説します。
不注意、ミスを減らす方法
成人では、不注意症状は仕事や学業に悪影響を与え、本人の自尊心を傷つけます。まず不注意症状に対する対処法、行動療法について解説します。
環境を整えよう
労働環境、勉強の環境を整えることは、不注意症状を有するADHDの人にとってとても重要です。
耳から入る刺激をコントロールしましょう:耳栓をする、テレビやラジオを消す、静かな歌詞のない音楽を低音量で流す、他人の会話が聞こえない場所で作業する
目から入る刺激をコントロールしましょう:職場(勉強部屋)の見えるところに気が散る掲示物を置かない。窓の外が見えない部屋が好ましい、視力を適切に保つ(合わない眼鏡、細かい字が見えにくい状況を放置しない)、パソコンの画面は大きい物を使う。
ミスがあった場合それに書き込むための“間違い減らし日記”をつけましょう。まず、ミスの種類と、そのミスをなくすための方法について書きましょう。
間違い減らし日記の例
日付 | ミスの種類 | ミスを減らす方法 |
6月1日 | 見積書の記入漏れ | 見落としやすい項目をリストアップし、次回から三つ折りに漏れないようにする |
6月2日 | データの入力ミス | 疲労するとミスが増える、集中できる時間を決めて、こまめに休憩を取る |
6月3日 | 宛名の漢字の間違い | 以前にも同じ間違いをしている、間違いやすい感じをリストして次回は注意する |
ミスがなければ小さな贅沢をする(おいしいお菓子あるいは高いランチを食べる)、あるいはミスがないこと自体が報酬となり集中力を高めるモチベーションになります。また、1つの書類を作成する課題について考えてみましょう。自分がその書類を集中して、ミスなく作業できる時間を測定しましょう、実際に時間を測ってみると、思ったより時間がかかっていることが分かります、そして普段、その時間より短期間に雑に終わらせていることが分かります。ADHDの人は、嫌いな仕事を急いで終わらせようとする傾向があります。書類を作成する前に時計を見て、十分に時間をかけて書類を作成すれば、ミスを減らすことが出来ます、一定時間集中したら、休憩をとりましょう。ミスをして作業をやり直すより、細かく休憩する方が効率的です。
物忘れ防止の方法
物忘れ、置忘れ防止のためには、物の置き場所を一定にしましょう。使った物を、その場に置いてしまう方が、一定の場所に置くより楽なものです、ADHDの人はその場が楽な方を選ぶ傾向があるため、決められた場所に置くのが苦手です。
声に出しながら物をしまおう:物をしまう時に、「置きっぱなしが楽ちんだ、しかし、後が面倒だ!」と実際に声にだしながら物をしまいましょう。おまじないのようにこの言葉を言いながらしまいましょう。または、自分の好きなおまじないの言葉を考えてもいいでしょう。物を探す時間を調べましょう:物を探していた時間をカレンダーに書き込みましょう。探すために使う無駄な時間を確認することで、物を整理してしまうモチベーションが高くなります
物忘れ防止ツールを使おう
最近では、物忘れを防ぐための様々なITツールが利用できます。しばしばなくす貴重な物には電子タグをつけスマホと連携させ、なくなる前に警告する事も出来ます。自分に合ったITツールを探しましょう。
先延ばししないためのテクニック
ADHDの人は、苦手な作業を先延ばしにしてしまう傾向があります。そして、期限ぎりぎりになってようやく取り組み、ミスをしたり、期限に遅れたりします。
まず、今日のする事リストを作ります
する事リストの例
する事 | 大変さ (1簡単、2普通、3大変) | かかる時間 | 優先度 |
会議の資料作成 | 2 | 1時間 | 高い |
請求書の作成 | 1 | 30分 | 低い |
新年度の予算作成 | 3 | 5日間 | 低い |
営業から依頼された資料作成 | 2 | 2時間 | 高い |
初めに、どの仕事にどれくらいの時間がかかる測定する事が大切です、ADHDの人は、1つの作業にかかる時間を実際より短く見積もる傾向があります。時間のかかる、優先度の高い作業をまず仕上げましょう、時間がかかる作業では、あらかじめ休憩するまでの時間を決めましょう。優先度が低く、時間のかかる作業は、1日の作業時間を決めて、少しずつ前に勧めましょう。ぎりぎりになって慌てて時間切れにならない様にするためには、毎日少しずつ作業することが大事です。
衝動性に対する対処法
成人ADHDの衝動性コントロールの障害は、思いついた事をすぐに言ってしまう。相手の話を最後まで聞かず、自分が話し出してしまう等の形で現れます。言ってはいけない事を言ってしまうため、相手を怒らせたり、傷つけたりします。後になって反省するのですが、同じことを繰り返してしまいます。
衝動性コントロール障害の例
当人には秘密になっている話を言ってしまう。
相手の欠点をつい口に出してしまう。
人の話を最後まで聞くことが出来ず、途中で遮って、自分の話をしてしまう。
順番を待つのを極端に嫌がる
運転している場合、信号をしばしば無視する、一時停止で止まることが出来ない、渋滞を極端に嫌がる
十分に考えないですぐに結論を出す
衝動性コントロール障害の対処法
ADHDの人は、自分の行動の不適切さについて後になって後悔します。つまり発言や行動の不適切さを判断出来るのですが、不適切な行動が現れる時点では、衝動性に駆られ冷静な判断が出来なくなってしまいます。治療法としては、“立ち止まって考える”訓練をします。
実際に不適切な行動をしたら、それを記録しましょう
不適切発言日記の例
日付 | 不適切発言 |
6月1日 | 飲み会で同僚の女性に「A君が君の事を明日が太いと言っていたよ」と言ってしまった |
6月7日 | 会議で、相手の話を最後まで聞かすに遮ってしまい、自分の意見を強く主張してしまった |
不適切発言のメリット、デメリットについて書いてみましょう
メリット:心に浮かんだことを相手に言ってすっきりした、相手にちょっと意地悪をして楽しい。人の話を最後まで聞くのは苦痛なので、相手を遮ることですっきりした。
デメリット:相手を傷つけてしまう。その後の人間関係が悪くなった。悪意のある人間だと思われてしまう。
このように衝動的な行動については、そのメリットについても考える事が重要です、自分の行動を変えるにはメリットのある行動をどうやって止めるか工夫する必要があります。そして “これからは気を付けよう!”という決意はあまり効果がありません。また、衝動的な自分を責めても解決にはなりません。衝動を止めるにはテクニックが必要です。
声に出して言ってみる
「言う前に考えて!」、「落ち着いて!」、「思いついたら1分待って」、「人の話は最後まで聞く事」等自分に合う言葉を決めて、繰り返し口に出して言いましょう。
言いたい衝動に気付いたら、1分間言うのを我慢してその間に、それを言うデメリットを考えましょう、次にそれ以外の話題を必死で考えます。「仕事はどう?(相手の趣味に関する事について)〇〇してる?仕事は大変ですか?」等、あるいは、ただ笑顔で黙っている。言いたい衝動はじっと我慢していれば自然に収まっていきます。
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