精神医学ニュース2

ポジティブ心理学とは?

これまでの心理学や精神医学は、心理的な苦痛を和らげることを目的としてきました。また、ストレスと精神障害との関連を調べた研究では、当然のことながら実際に精神障害をきたした人が対象になっていました。しかし、実際には、ストレスを受けてもそれを跳ね返し、むしろストレスを有意義な出来事にしてしまう人々が多いことも事実です。

近年注目を集めているポジティブ心理学は、人生に意義をみつけ、持続的に幸せになることを目指す新しい心理学です。その特徴は、感情の回復力、個人の強み等に注目し、快い感情だけではく、人生に意義を見出し、(そこに快感はなくても)何かに没頭することを重視していることです。ここでは、ポジティブ心理学について簡単に説明し、その応用についても考えてみたいと思います。

ポジティブ心理学では、持続的幸福を得るためには以下5つの要素が必要であると考えています(ウェルビーングの5つの要素)

1)  ポジティブ感情
2)  エンゲージメント(没頭すること)
3)  意味・意義
4)  達成
5)  他人との良い関係性

1)  ポジティブ感情
快楽、楽しみ、喜び、心地よさなど、人が感じる主観的なものである。

2)  エンゲージメント(没頭すること)
何かに没頭している時は、快感、心地よさはない、何も感じないか、時が止まる感じ、一体感などを感じる。実際にはその時は何も感じないが、後になって「あの時は、楽しかった、素晴らしい体験だった」などと回想する。没頭するのは自分の得意なこと、大好きなことをしている時である。

3)  意味・意義
自分より大きいもの(社会的活動、宗教、政治など)に仕える事。自分では、苦しみながらしたことが、客観的に意義があると判断されることもある。たとえ楽しくないことであっても意義があることに関わることは、持続的な幸福にとって必要である。

4)  達成
起業家としての成功、芸術、スポーツ、競技などの分野で賞賛を得られるような成功で、自分がそうしたいという理由だけでする努力や達成感。例えば、すでに十分に裕福なのにさらに富を求める人は達成感を求めている。

5)  他人との良い関係性
言うまでもなく助け合える友人がいることは、人生にとって極めて重要である。信頼できる友人がいることは、ストレスに対する回復力を増大させる。他人に親切にすることは持続的な幸せを増大させます。

ウェルビーングの欠如と抑うつ症状との関係
慢性の抑うつ状態では上記5つの要素の欠如を認めることがあります。そして、それを補うことで気分が改善する場合があります。例えば、良い人間関係が欠如している場合には、人間関係を作る方法を考えることが抑うつ症状の改善にとって重要です。意味や意義が不足している場合には、新しく社会活動に参加するなどの方法も必要でしょう。

強みを生かす
これまでの心理療法では、患者の弱みを修正することに重点が置かれていました。ポジティブ心理学がユニークなのは、個人の強みを見出し、それを最大限に生かす試みをしている事です。また、強みを特定するためのテストも考案されています。

強みを特定するテストでは
知恵と知識(創造性、好奇心、知的柔軟性、向学心、大局観)
勇気(勇敢さ、忍耐力、誠実さ、熱意)
人間性(愛情、親切心、社会的知能)
正義(チームワーク、公平さ、リーダーシップ)
節制(寛容さ、慎み深さ、思慮深さ、自己調整)
調節性(審美眼、感謝、希望、ユーモア、スピリチュアリティ)

6項目を測定しています。テストの結果から、どの分野で強みがあるか知ることが出来ます。そして、その強みを生かした生き方を探っていきます。

また、ポジティブ心理学では、精神の健康度を高め、抑うつ気分を改善するためのエクササイズが用意されています。

代表的なエクササイズを紹介します。

1 ポジティブな自己紹介を書く:自分が最高だった時の具体的な物語を書く、自分の最高の強みをどのように活用したかを説明する。

2 自分の徳性の強みを特定し、以前どのような状況でそれらの強みが自分の役にたったか話し合う。

3 良いこと日記を書く(その日に起きた3つの良いことを毎晩書く)

4 怒りや恨みの感情を書き出す:それらの感情が抑うつの原因となっていることを知る。怒りや恨みにしがみつくことで抑うつが持続し、ウェルビーングがむしばまれる

5 ゆるしの手紙を書く、相手の罪や、それに関連した感情を説明し、相手をゆるすと誓う

6 感謝の手紙を書く、今まできちんと感謝の気持ちを表したことのない人に感謝の手紙を書いて直接届ける。

7 満足者(これで十分だと最低限の条件を満たすものを選んで満足する人)の方が、追求者(完璧な妻、完璧な機械、完璧な旅行を求めないと気が済まない人)に比べて良好なウェルビーング状態になるという事実について話し合う。追求者でなく満足者になることが推奨される。

8「深く味わってみる」エクササイズをする。何か楽しい活動を計画して、それを実行する。物事を深く味わうテクニックが具体的に書かれたリストを受け取る。


Three good things 3つの良いこと日記)

特に3つの良いことを毎晩日記に書くエクササイズは、慢性的な抑うつ気分の改善に有効なことが分かっています。多くの場合、人は悪いことを分析し、悪いことについて深く考えるように進化してきました。それは、悪いことを予測して回避することは、生きて行くためには必須のことだったからでしょう。

良いこと日記では、毎晩、寝る前に、今日あった良いこと、うまく行ったことを3つ書き出します。そして、それがどうしてそうなったかを分析します。いいことが何故起きたかを分析することは滅多にないものです。いいことを分析することで、多くの場合自己肯定感が生まれます(“昇進したのは、日ごろから努力しているからだ”、“友人からパーティに誘われたのは、その友人から自分が好かれているからだ”)。自己肯定感が強くなると、それが人生を豊かにし、また、抑うつ気分を改善します。


境界知能と社会適応

以前から、短絡的な犯罪や問題行動(悪いと分かっていても欲しいから 盗んでしまう、かっとなって暴力をふる)を起こす人の中に、知的障害とは診断できないものの知能テストで低い得点を示すものがいることが知られていました。最近になって、医療少年院に勤務している児童精神科医が、非行少年の中にこうした境界知能を示すものが多いことに気付き、「ケーキが切れない非行少年たち」という本を出版し、ベストセラーになりました。境界知能を示す成人は、社会参加している場合が多く労働環境や生活環境が良い場合は問題なく生活していますが、環境の変化やストレスで容易に精神不調になることがあります。ここでは、境界知能について簡単に解説し、職場で不適応を起こす境界知能を有する労働者について理解し、支援する方法について簡単に解説します。

知的障害

境界知能について理解するためには、まず知的障害について知っている必要があります。知的障害は、知能検査が70未満であり、有病率は人口の約1%です。日常生活、学校、職場などで適応機能全般の明らかな障害が認められます。

染色体異常、先天性代謝異常など様々な原因で起こりますが、多くの場合原因が特定出来ません。言葉の遅れ、発達全般の遅れから幼児期に明らかになりますが、以下の3つの領域について障害が認められます。

概念的領域(記憶、言語、読字、算数、問題解決)
社会的領域(他者の思考・感情・体験を理解、共感する、対人的コミュニケーション)

実用的領域(セルフケア、金銭管理、娯楽、課題の達成)

知的障害に対する支援としては、都道府県、指定都市が発行する療育手帳(東京都では“愛の手帳”)があります。療育手帳により障害児福祉手当、税金の控除、免除、交通機関の割引、公共料金の割引、児童発達支援サービス、ディサービス等の様々な行政サービスを受けることが出来ます。なお、後に述べる、境界知能ではこれらの行政サービスを受けることが出来ません。

下図に、知的障害、境界知能、平均知能のIQ分布を示しました。


境界知能

図の黄色で示した部分が境界知能の領域です(IQ 70-85)。人口の14%がこの領域にあると考えられます。境界知能の児童は、成績不良のため学校生活の中で自尊心が低下する可能性があります。しかし、恵まれた環境であれば、これまではのびのびと育つてきたかも知れません。問題は、ひとたび社会に出て、ストレスにさらされると、平均知能にある人に比べ不適応を起こし易い可能性があります。また、知的障害の人ほどではありませんが、概念的領域(記憶、言語、読字、算数、問題解決)、社会的領域(他者の思考・感情・体験を理解、共感する、対人的コミュニケーション)、実用的領域(セルフケア、金銭管理、娯楽、課題の達成)において、軽度の障害があります。職場では、簡単な課題を遂行することが出来ず周りから責められ、自尊心が低下することもあります。プライベートでも計画的な金銭管理が出来ず浪費してしまうこともあります。日本では、高校進学率も高く、入学試験が比較的容易な大学もあるため、知能検査を受けるまでは周りも境界知能であることが分かりません。平均知能の人から見れば、彼らが何故指示通りに課題を遂行出来ないのか、業務アニュアルを理解出来ないのか不思議に思うのです。さらに、周囲からはやれば出来るのにやらない努力不足だとみなされてしまうこともあります。また、本人も自分の生きづらさがどこから来ているのか理解出来ない事もあります。

境界知能の人に対する支援

本人も自分が境界知能の領域にあることを知らない事も多く、本人も自分の特性に気が付かず、途方に暮れていることもあります。支援のためには知能検査が必要です。知能が境界領域にあることが分かれば、周囲の理解を求め、また、環境に働きかけ環境を改善することが重要です。産業医や労働衛生担当者に相談することも重要です。職場の理解が境界知能の人にとってはとても重要です。